実は馴染んで使ってたボルドーグラスを最近、割っちまいましてな。
どうもこのワイングラスてえ物は割れやすくていけない。
ワイングラスてえぐらいですからワインのグラスだ。
ワインを飲むため以外に何の役にも立ちゃしない。
しかしないとなるとワインが飲めない。
どうにも厄介なもんですな。
ところがよくしたもんで家のかかあがシールを集めておりました。
シールを20枚集めたら4脚で定価5292円のワイングラスが1500円で買える。
ヨーカドーグループお得意のシールキャンペーンですな。
ビレロイ&ボッホという陶磁器のお会社だそうで。
なんでも古くからある老舗だとか、結構なもんですな。
長屋に同じようにシール集めをしていた2人がおりまして名を伴さん美意之(ビイノ)さんと
いいました。この二人町内きってのケチと噂。
「おーい、聞いたかい。老舗のワイングラスをヨークマートさんが1脚375円で売ってくださるってじゃねえか」
「なんだなんだおめえんとこもかい、うちもかかあがシールを集めててもう少しで20枚だ。しかし375円てな安いね」
「安いな」
「安い」
リーデルヴィテスシリーズの17分の1だとか
一昨年グラスコンクールでグランプリを取ったザルト デンクアート社のグラスの20脚分だとか
長屋でも、もっぱらの話題になっておりました。
伴さんシールが集まったので買ってきました。やはりシール集めしているといって美意之さんとこに
”先に買ったぜ”などと自慢に行きました。こんな塩梅です。
「どうもこのなんだな、ザルトさんとこのボルドーグラスにそっくりだな」「そっくりだ。どっちもドイツだな」
「行方不明だった番頭さんが実は行ってたとこだな」
「2~3個ザルトさんとこのが混じってるんじゃねえか?」
「そんなバカなこと・・・あっちは1脚7,000円はしようっていう高級グラス。こっちは陶磁器屋がお慰みでサラッと作った。」
などと下らないことを話しているうちにどんどん飲みたくなってきましてな。
ワイングラスなんてものは中にワインがあって形になるもののようで
空のワイングラスだけ見てても退屈でしょうがない。
「あるかい?」
「何が?」
「何がてこたねえじゃねえかこいつを前にしてんだ」
「ないよ」
「なんだ、ねえのかしょうがねえ、ワインの1本や2本置いとけよケチ」
「おめえんとこはないのか?空のワイングラスだけもってくるたどうゆう了見だい」
「ないよ」
「なんだねえのかケチ」
お互いケチケチ言いあって1歩も引かない。だったらそのまま帰ればいいものをそれもしないで黙ってる。
この二人もう飲みたくて飲みたくてしょうがなくなっているのに
相手がワインを持っているのを承知しているもんだから
根負けして出してくるのを待ってるわけですな。
グラス持参の伴さんのほうがしびれを切らして
「しょうがねえうちのシャルドネを」
「いくらなんでも白ワインはねえだろう、しょうがねえうちのピノ・ノワールを」
「いくらなんでもピノ・ノワールをねえだろう、うちのカベルネ・ソーヴィニヨンを」
「なんだ赤ワイン持ってるんじゃねえかケチ」
「なんだカベルネ・ソーヴィニヨン持ってるんじゃねえかケチ」
どっちもどっちですな。
しかしいったん飲み始めたら止まらない。
スワリングするわデキャンタージュするわ香りは語るは
第1アロマがどうの第3アロマがどうのそりゃブーケって呼ぶべきだの
粘性が強いだ弱いだ、余韻が長いだの短いだ、タンニンがどうしたって
大騒ぎになったという。
人情話(?)の一席でございます。
とんとん、てんてれすけてれてんてん・・・・
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