連作ワイン劇場「ワイン長屋の人々」第5話:ああ音楽が聴こえる

ムーチョマスブランコフェリックスソリスアヴァンティスバルデペーニャス

ムーチョ・マス・ブランコ・フェリックス・ソリス・アヴァンティス・バルデペーニャス

 

土曜の午後フランソワーズは引越しの挨拶をしに袋小路家を訪ねた。

 

「コンニチハ、ごめんなすって、コチラ袋小路さんのお宅ですか?」

亜弓(注1)は最近日課にしているパルティータ第2番ニ短調の終曲のセルフレッスンの途中だったのだが、あごに挟んだまま弓を離し声の方を見た。え!まあ!

1864年製のヴィヨームをちゃぶ台の上にそっと置き、改めて訪問者を見て、その美貌に驚いてしまった。

綺麗なお嬢さんだこと。わたくしの若い頃や娘のお房より美人かも知れない。こんな方、初めて拝見いたしますわ。

「はい、袋小路です」

「高名なワインブロガー、袋小路おとっつァんさんのお宅ですよね」

「高名かどうかはわかりませんけれど。袋小路おとっつァんはわたくしの主人です。ただあいにく今、留守にしてまして。多分今日は帰らないとか。どんなご用でしょう?」

亜弓は訝しんだ。あんな過疎ブログを読んでるなんて、まして袋小路が高名?このお嬢さん大丈夫かしら。(注2)

「初めまして。ワタクシ、フランソワーズいいます。今度引っ越してきました。そのご挨拶に寄らせてもらいました」

「これはご丁寧に恐れ入ります、で、どちらに越されてきたんですか?」

「伴さんのお隣りです。若旦那のお向かいにナリマス」

「え?でもあそこは幇間(たいこもち)の左岸豊作さんのお宅じゃなかったかしら」

「はい、ソコデス」

「ええとつまり」

「はい、今度豊作さんとメオトの契りを結ぶことになりまして」

「まあ・・それはそれは」

「豊作さん、なかなか籍を入れることにウンッて言ってくださらなくって」

「はあ・・・」

「日本に連れて帰ってもお前を幸せにする自信がない、なんておっしゃいましてね」

「はあ・・・」

「肝っ玉のちいせいおとこだな、と思いまして」

「はあ・・・」

「じゃまくせえ、てんで押しかけて来たんでゴザンス」

「はあ・・・」

「なんですか日本には押しかけ女房という婚姻制度があるそうで」

「はあ?」

「強引に引っ越してきて、女が幕府(ごこうぎ)に婚姻届を出したらダンナの署名捺印がなくても、婚姻が成立するんだとか」

「・・・何か随分誤解があるようだけど。押しかけ女房という言葉は確かにあります」

「なんて素晴らしい国なんでしょう!日本って。理屈もへったくれもなく、女の好き嫌いで全て決められるなんて!フェミニズムの先進国ですね!」

「・・・やっぱり誤解してるようだけど・・・まだこちらにいらして間も無いようだし、日本のことはおいおい」

「ま、今回は豊作もブツブツ言いながら判子押してくれたんでそこまで強行手段に出ずに済みましたがね。まったく世話のかかる野郎でさ」

 

亜弓は軽く眩暈を感じた。世話のかかる野郎・・・

 

「フ、フランソワーズさん?お名前からしてフランスの方ですか?」

「はい」

「あのう・・・豊作さんとはどうやってお知り合いになったんですか?ごめんなさいね、興味本意で」

「去年の夏、豊作がボルドーに遊(あす)びィきた時に引っ掛けられました」

 

亜弓の眼が光った。

「ボルドー?」

 

フランソワーズの眼も光った

「メドックの生まれよ」

 

 

亜弓は慌てて聞いてみた。

「ご実家は何かワインに関わるお仕事ですか?」

「はい、それほど大きくはありませんが、名前を言えばきっとご存知のシャトーの長女です。」

「すみません、主人や娘と違ってわたくしワインにそれほど詳しくなくて・・・お聞きしても分からないかも知れませんわ。娘が居ればよかったんですが、娘も今日帰らないとか」

「いいってことよ。大体わっしはフランスのワイン嫌いなんでさ。今や酒なんだか何なんだか訳わかんない代物になりやがって。どいつもこいつも貴金属とかバッグみたいにブランド品になっちまいやがってさ」

 

亜弓はクラクラしてきた。いいってことよ・・・わっし・・・

 

「フランソワーズさん日本語お上手ですね」

「とんでもねえ、わっしの・・・いえワタクシの日本語はどこか変だって豊作にも言われてます」

「あのう・・・」

「しかし、ヒトの日本語変だって、言えた義理ですかい。なんなんですかい左岸豊作って名前は?」

「あのう・・・」

「左岸が左岸に遊(あす)びィ来て、左岸生まれの娘を引っ掛けたなんて、バカバカしいったらありゃしねえ。わっしァ左岸豊作って名前を聞いた時、トーンときたね。ぜってェこいつの女房になろうって決めたんです。」

「あのうフランソワーズさん・・・」

「だから最初のデートの時に絶対ヤられちゃおう、って決めてて色々誘惑したのにキスもしやがらねえ。意気地のねえ野郎だなって呆れ返っちまいましたよ」

「フランソワーズさん、お綺麗だから・・・豊作さん臆したのかしらね」

「ちげえねえ、野郎ビビリやがったんだね」

 

崩れそうになりながらなんとか踏み堪えて亜弓はやっと尋ねた。

 

「あのうフランソワーズさん、日本語はどこで勉強なすったんですか?」

「ソルボンヌの東洋文化学部日本文学科です」

 

まあ、わたくしの後輩でしたのね。でもソルボンヌにそんな学部学科あったかしら(注3)

 

「ちなみに研究室は近現代文学捕物帖研究、卒論は(半七と平次のラングとパロール・綺堂と胡堂はどっちが工藤か?)デス。」

 

平仄があったわ!

亜弓は心から納得した。お勉強したテクストが良くなかったのね。

 

「てえへんだ!」

不意にフランソワーズが叫んだ。

「引越しのご挨拶に用意してきたもんを、置いてきちまった、おかみさん待ってておくんなさいよ。今ひとっ走りして・・」

「そんな・・・お気をお遣いいただなくてもよろしいのに」

「なあに、てえした物(もん)じゃござんせんて。それよりおかみさん、わっしァお名前お聞きそびれてました」

「亜弓といいます」

 

走り出す前にフランソワーズは振り返り、ウィンクして言った。

「素敵でござんした、亜弓のシャコンヌ。ヴィヨームなんてぇ名器(すぐれもん)下手な奏者(やりて)が弾くと返(かい)って変な音になっちまうもんだが、どうしてどうして、てェしたもんだ!」

 

亜弓は心底驚いた。

わたくしのバッハの無伴奏が良いっておっしゃってくださるかた、この長屋にだっていらっしゃるけど(注4)

少し音を聴いただけで、このヴァイオリンがヴィヨームだとわかるなんて。

 

フランソワーズ・・・・・

おそろしい人。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

フランソワーズはワインバックに入れて挨拶を持参した。

「おまっとさんでやんした。引越しのご挨拶に一寸(ちょいと)粋な物(もん)を考(かんげえ)てみました」

「ワインですか?」

「左岸豊作の女房が袋小路家に持参するもんがワイン以外じゃ格好つかねえじゃねえですか」

「ご丁寧に恐れ入ります」

「グラス2本(ふたっ)ばかり貸しておくんなさい」

「え?」

「飲んじまいましょうよ、亜弓も嫌いじゃねんでしょう?」

 

亜弓はフランソワーズの勢いに思わず頷いてしまった。

主人や娘じゃあるまいしお昼間から良いのかしら。でもたまにはいいかしらね。

 

「亜弓、面目ねえ、向こう向いててもらえますか」

「え?・・・あ、はい」

フランソワーズは抜栓して、ワインをサーブした。

 

ムーチョマスブランコフェリックスソリスアヴァンティスバルデペーニャスグラス

 

「こっち向いてくれてようがす。試してみておくんなさい。」

「ブラインドテイスティングですか?わたくしこういうのは・・・」

「まあ、そう言わずに、飲(やっ)てみつくんな」

「どうです?」

 

ムーチョマスブランコフェリックスソリスアヴァンティスバルデペーニャスディスク

 

亜弓は思った。

悪くございませんわこのワイン。さすがメドックのシャトーのお嬢さんがセレクトするだけありますわね。色は明るいレモンイエロー。粘性は中程度。香りはトロピカルフルーツ系?グレープフルーツが近いかしら。ああスワリングすると香りが甘く変化する。味わいは果実に例えるのが難しい癖のない甘み。洋梨?というよりそうね酸味の少ないタイプの和梨に近いかしら。甘味とフレッシュな酸味が拮抗してますわ。絶妙なバランスね。アフターに軽い苦みを感じる。長い余韻。長い余韻に軽い苦みがそっと寄り添っていますわ。だからかしらとても軽快。しっかりしたアルコール感なのにこの軽快さ。ああ音楽が聴こえる!

 

亜弓の眼が光った。

「ブラームスが聴こえますわ!」

 

フランソワーズの眼も光った。

「亜弓さんすごい!」

 

フランソワーズはちゃぶ台にあったヴィヨームを取った。

「お借りしますわ、よろしくて?」

 

返事を待たずにフランソワーズが弾き始めた

「いかが?」

 

亜弓の眼がまた光った。

「そうよ!コンチェルトの第3楽章。何故わかるの?」

 

フランソワーズの眼もまた光った。ヴィヨームをちゃぶ台に静かに置きゆっくり語り始めた。

 

「ブラインドテイスティングを怖がるのはおよしなさいひろみ。それよりワインと向き合おうとしないことこそを怖れなさい。今、同じワインを飲んで、ブラームスのバイオリンコンチェルト第3楽章が2人の心に響いたように、ワインの本質を見抜くのに知識なんてなくてもよろしいのよ。よろしくて?ひろみ」

 

わたくし亜弓なんだけど。と思いながら

この難曲を平気で弾きこなしてしまうヴァイオリンの腕前に驚き、口調が急に変わったことに面くらい、さっき教えたばかりなのに名前を間違われたことにも驚愕する亜弓であった。

 

フランソワーズ・・・・・

おそろしい人。

 

「では種明かしをしましょう。エチケットをお見せするわ。よろしくて?ひろみ」

「亜弓です」

 

ムーチョマスブランコフェリックスソリスアヴァンティスバルデペーニャスボトル

 

ムーチョマスブランコフェリックスソリスアヴァンティスバルデペーニャスエチケット

 

「白のムーチョ・マス。スペインのワインなんですね」

「スペイン語で言えばブランコ、ムーチョ・マスね。でもフランス語で言い換えてみて下さる?ひろみ」

「亜弓ですけれど・・・白のムーチョ・マス・・・ブランムーチョマス・・・ブランマス」

 

2人は同時に叫んだ

 

「ブラームス!」

 

亜弓は少々憮然とした表情で

「だからテイスティングでブラームスが聴こえたっておっしゃりたいの?それいくらなんでもあまりに」

「よろしくてよ。そもそもワタクシの名前が出た1行目でどうでもブラームスを絡ませて落とすだろうことは賢明な読者諸兄の皆様お気付きでしょう?」

 

亜弓は吹き出した。

「それもそうねウフフフ」

 

日が暮れようとしていた。

悪いことに2人はワインを飲むと、ヴァイオリンを弾きたくなって仕方ない性分だった。

その後2人の弾き比べ、褒め合いが延々と続いたのだった。

 

長屋の住人の誰1人もまともに睡眠を取れない夜の始まりだった。

 

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(注1)はい、袋小路家のおっかさんの名前を始めて明かします。亜弓といいます。「袋小路亜弓」何かの漫画の登場人物をもじってシャッフルしたみたいだって?偶然ですよ偶然。

 

(注2)真昼間から貧乏長屋で超高額ヴァイオリンでバッハ弾いてるあんたこそ大丈夫なのかよ。

 

(注3)もちろんデタラメです。んなもんありません。

 

(注4)いねえよ

 

 

おかげさまで、やっと伏線が回収できました。つまりはこういうことでした。ところでお尋ねしますが、顧問のブログの読者やってるくらいだから、貴女も貴男もきっと変わり者(もん)でしょ?しかもちょっと斜に構えてらっしゃるでしょ?ということはきっとサガン読んでないですよね?

チッチッチ、駄目々々。食わず嫌い駄目ですよ。サガンいいですよ、本当にいいですよ。

ブラームスはお好き          フランソワーズ サガン
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もいっちょサガン

悲しみよこんにちわ          フランソワーズ サガン
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(色々な意味で)おそろしい漫画

ガラスの仮面
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しかしつくづく思ったんだが、竜崎麗香の「よろしくて」ってあらゆる論理をなぎ倒してゆく、すさまじい破壊力を持ってますな。便利だわこのパワーワード。ということでオマージュも込めて広告もういっちょ。

エースをねらえ!
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ついでだ。

ムーチョ マス 白
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第1話から読みたい方はこちらから

 

 

 

 

 

連作ワイン劇場「ワイン長屋の人々」第4話:大家☆意見する

深川ワイナリー東京カベルネソーヴィニヨン安曇野長野2020

深川ワイナリー東京・カベルネ・ソーヴィニヨン・安曇野・長野・ 2020

 

その日、幇間(タイコモチ)の左岸豊作は店賃の先延ばしを頼みに大家のところを訪れた。

「旦那、御在宅でゲスか」

「おや、左岸の師匠。珍しい。近頃見なかったね」

「なんだかご無沙汰しちゃってすいません。一寸(ちょいと)あたしを贔屓にして下さる、お得意の義理があって、旅のお供してまして」

「ほう、そいつぁ剛毅だ。で、どの辺(あたり)の話だい?」

「一寸(ちょいと)ボルドーまで」

「んーなんだな、ちょっと師匠、そこにお座んなさい」

「さっきから座ってます」

 

ポン!

大家がキセルを煙草盆に叩く音が響く。

 

「ねえ師匠、あんた店賃どんだけためてるのかわかってるかい?」

「なんとなくウスウスは・・・」

「3ヶ月だよ、3ヶ月。それをなんだい。少しも顔見せないで。隠れて逃げ回ってるな、とは思ってたが・・・ボルドーに遊(あす)びィ行ってました、だってェ?」

「ちょ、ちょ、ちょっと旦那、まってくださいよ。はばかりながらあたしも幇間(タイコモチ)の端くれだ。成金の嫌な野郎が、イヤイヤ、カモが、イヤイヤ、大事な金づるが、イヤイヤ、大事なあたしの贔屓筋が奢って下さるてェ話だ。ただ飯ただ酒は幇間(タイコモチ)の法(のり)てェもんだ。断っちゃあバチが当たる。ただ、それがちょいと大商いになりましたってェだけの話でしてね」

 

大家は力まかせにキセルに煙草を詰めた。

 

「んーなんだな、師匠、そこにお座んなさい」

「さっきから座ってます」

「贔屓にボルドー旅行を奢らせるなんざ、並の幇間(タイコモチ)にゃ出来ない仕事(わざ)だ。師匠、あんたいい腕してるねえ」

「イヤー、エヘヘへ。それほどでも」

 

大家、キセルを強く吸い吐き出す。

 

「そんだけの腕を持っててどうして、店賃をためるんだ!って話だよ。納得出来る説明をしてもらおうじゃないか!」

「あたたたた、こいつは痛いところを。正直に言います。実はあたしはお座敷のプロデュースがちいと不得手(いけない)クチでござんしてね」

「おいおい、幇間(タイコモチ)の稼ぎの柱じゃないか」

「この芸者とあの芸者をセレクト、こっちのお客には芸者の芸を見せ、あっちのお客には”得意の都々逸を“なんて捻(ひね)らせていい気にさせる。そっちのお客には端唄小唄やらせて、なんだったら見台まで用意して義太夫を一節唸(うな)らせて芸者と一緒に“どうするどうする”なんてやんやと囃し立てていい気持ちにさせる。なんてぇディレクター業はうまいんでござんすよ」

「・・・・・」

「もちろんサシでのヨイショも名人芸、あたしの右に出るもんはそいつの左にしかおりません」

「んん?」

「結局自分に帰るてサゲでして」

 

ポン!

大家は焦れて言った。

「だからなんなんだい!」

「怒っちゃいやですよ、怒っちゃ。ところがですね、財布(せいふ)を預かって全部取り仕切ってくれなんてェプロデューサー業まで頼まれるともう終(しま)いです。道楽(あすび)の虫がムクムクと。自分の取り分使っちまうか、下手すりゃ赤字」

 

大家の眼が光った

「道楽(あすび)って、師匠あんたまさか」

左岸豊作の眼も光った。

「そうですワイン頼んじまうんです」

「うわ」

「しかもお座敷にソムリエ呼ぶんです」

「うわわ」

「世の中よくしたもんで、着物着た粋なソムリエールなんてェご婦人が居たりして」

「うわわわ」

「1970年代からのペトリュス垂直とか」

「うわわわわ」

「5大シャトー水平をさらに10年垂直とか」

「うわわわわわ」

「スクリーミング・イーグル のマグナムボトルとか」

「うわわわわわわ」

「ロマネ・コンティ頼まないだけありがたいと思いやがれこんちくしょう」

「うーん・・・吐き気が」

 

大家は気持ちが悪くなってきた。

 

「師匠もういいよ」

「こさえた借金は億を超え」

「もういいって言ってんだろう!」

「本当(んとう)はそれに比べりゃボルドー旅行なんて小商いもいいとこで」

「黙らっしゃい!」

「まあ聞いておくんなさいよ、旦那、実は私にゃ大望がありまして」

 

大家は毒気に当てられ力なく聞いている

 

「・・・・・・・・・・」

「今でこそ、こんな商売(なりわい)のあたしですがね。近い将来ワイン評論家としてデビューしようて了見なんでさ」

 

確か店子に似たようなこと言ってる奴がいたなあ、と大家はボウっとしながら思い出していた。

そうだ袋小路んとこのおとっつァん、と転がり込んできた俺の甥っ子だ。しかしどうして俺の長屋の店子ってのはどいつもこいつも店賃ためるほど金がないくせに高いワイン飲んでやがんのかね。挙句にワイン評論家になるって?

だめだだめだコイツらを放っておいたら、他の店子に示しがつかない。店賃溜めて、平気で高級ワインかっくらってる貧乏マニアの巣窟になっちまう。一寸(ちょいと)意見してやろう。

 

「店賃のことはまあいい、良くはないがいいとしよう。それよりそれだけ舌の肥えてる師匠に頼みがある」

「ありがとうございます。流石は旦那。江戸中でも音に聞こえたいい男!男前で太っ腹。お若いころ群がるご婦人をかき分けかき分け歩いてたってもっぱらの噂、聞いてますよ。ご婦人からいただいた付け文で風呂を沸かしたってじゃないですか!今じゃ加えて渋みまで増して、男のあたしでも震えがくるほどの男っぷり。憎いよっ!このっ!後家殺し!で、頼みってななんです?こうなったら私は旦那のためなら命もいらない。墨田の塔から飛べって言われりゃ飛びますよ!」

「つまらんヨイショだねえ、名人芸ってその程度かい?まあいい。頼みというのはワインを飲んでほしいのさ」

 

大家は奥に声をかける

「おーい、あれ持ってきておくれ」

 

 

深川ワイナリー東京カベルネソーヴィニヨン安曇野長野2020グラス

 

「こいつだ。こいつを試してみてくれ。ワイン評論家の意見が聞きたい」

「へっ?ワインのテイスティングですか。墨田の塔から飛ばなくっても宜しいんで?そんな話、俺はしてない?そうでしたかね。ま、ようがす。ワイン飲むならお手のもんだ。じゃちょっくら失礼しますよ」

 

深川ワイナリー東京カベルネソーヴィニヨン安曇野長野2020ディスク

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「旦那、これは何処の作り手で?」

「門前仲町(もんなか)んとこの深川ワイナリーだな」

「・・・大店(おおだな)じゃねえですか・・・・・」

「エチケット見てみるかい?」

 

深川ワイナリー東京カベルネソーヴィニヨン安曇野長野2020ボトル

深川ワイナリー東京カベルネソーヴィニヨン安曇野長野2020エチケット

 

「長野って書いてありますね」

「書いてあるなあ」

「書いてありますね。しかもカベルネ・ソーヴィニヨンって書いてある」

「書いてあるなあ」

「書いてありますね」

「間違いなく書いてあるよな」

「嘘だあ!」

豊作は叫んだ。

「カベルネ・ソーヴィニヨンてのは何処の国で作ったってカベルネ・ソーヴィニヨンっぽさが出ちまうもんだ、熟成してない若いヴィンテージなら尚更だ。アッサンブラージュの割合がどうであれ(ぽさ)が出る。ところがこいつぁ100%カベルネ・ソーヴィニヨンなのに・・・」

「カシスもブラックベリーもダークチェリーもピーマンもないだろう?」

「ない・・・・・。先ず色が変わってる、ルビーでもガーネットでもない、小豆色だ。香りに果実や花の特徴はないのに香りの奥の方にセメダインみたいなアルコール臭がある。味わいには酸味は感じる。甘さは少なくタンニンもない。こなれたタンニンってのじゃない。ないんだ。だから酸味やタンニンと果実味が一体になる赤ワインらしさがない。酸味、果実味、香りがバラバラに御座(ござっ)てる。ちょっとこれは・・・・・・」

「どうだい師匠。未来のワイン評論家。そこそこ売れてるワインだてェ話だぜ」

 

今度は豊作が黙ってしまった。

 

「・・・・・・・・・・」

 

「師匠わかったろう。門前仲町(もんなか)の大店(おおだな)にしてこれだ。しかもちゃんと商いになってる。自分の仕事(わざ)に胡座をかいて商売をおろそかにするお前さんとは格が違う」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「・・・旦那分かりやした。自分と真逆な姿を見せられて、返(かい)って自分の駄目さ加減がよう分かりやした」

「分かってくれたかい、よかった」

「ヘイ」

「これからは、自分の仕事(わざ)に見合った商いでしっかり稼いでおくれ」

「ヘイ」

「幇間(タイコモチ)の腕はいいんだ。それでしっかり稼ぎ、悪い借金を返し、俺んとこの店賃も綺麗にしておくれ」

「ヘイ」

「ワイン評論家になろうなんてのは、それがすっかり済んでからだよ」

「ヘイ」

「じゃあ、お祝いに乾杯と行こう」

「ヘエ?」

 

大家は自分と豊作のグラスにワインをサーブした。

 

「旦那、まだ飲むんですかい?」

「ワインだと思って飲むからいけない。一風変わった果実酒だと思えば、これはこれで美味い酒だ」

「ものは言いようですねえ」

「実はもう1本あるんだがね、なかなか飲む機会がなくて。付き合っておくれよ」

「へエ?」

「おんなじシリーズの長野のメルローだ」

「うわわわわ」

 

【2022年11月5日公開 3900円台 消費税10%】

 

 

墨田の塔から飛ぶと左岸豊作が言っていたのは、古典落語「愛宕山」のパロディです。

普通、古典落語で幇間(タイコモチ)といえば一八(いっぱち)さんなんですが。まあここはワイン長屋なのと、漫画「巨人の星」の登場人物をもじるのが恒例になってますので左岸豊作という名前にさせていただきました。「愛宕山」は元々は上方落語なんですがこれだけ(フェイクな)江戸弁をまき散らしているワイン劇場ですから宣伝も江戸落語にします。一番有名な文楽師匠のCDとかいかがでしょう。本当はDVDとかあればいいんですが(所作が美しい)さすがに時代的にソースがあまりないんでしょう。でも音声だけでも沢山(たんまり)笑えますよ。

八代目 桂文楽
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第5話へ続く

 

 

 

 

連作ワイン劇場「ワイン長屋の人々」第3話:長屋の片隅で若旦那は叫ぶ

ヴァインゲルトナーシュトロンベルクツァバーゴイトロリンガーミットレンベルガートロッケン2018ヴェルテンベルク

ヴァインゲルトナー・シュトロンベルク・ツァバーゴイ・トロリンガー・ミット・レンベルガー・トロッケン・2018・ヴェルテンベルク

 

「若旦那いるかい?」

「おんや伴さん?こんつわ」

「ちいと面白いワインを持ってきたん」

ボトルを見るなり若旦那は渋い顔をした。

「ドイツワインざんすか?拙(せつ)はブルゴーニュ以外は・・・」

「おっと、その先は言わねえでもらいてえな、若旦那がチリ・ピノもカリ・ピノも飲まないブルゴーニュ原理主事者だってことはあっしもご存じだよ」

「分かってんじゃないの」

「そんな若旦那にこそ飲んでもらいてえなと思ってさ」

「まあね、中にはオツなワインもあるんでしょうよ。しかしそもそもワインの糖度で価値判定のお墨付きを決めるなんて、全く分かってないお国ざんすよ。ピノ・ノワールって立派なブドウ品種名があるのにシュペ・・・シュペ・・・」

「シュペートブルグンダー」

「そう、そのグンダーとやらを名乗るなんて不届きの極みでがしょ。ドイツだけですよ。スペイン語を話すチリだって英語を話すカリフォルニアだってピノはピノとしか呼ばないざんすよ」

「しかも若旦那、このワインはピノ・ノワールですらないんで」

「なんですってぇー」

若旦那は叫んだ

「ピノ・ノワール以外を飲むくらいなら。焼酎でも飲むほうがマシざんすキィィー」

 

ヴァインゲルトナーシュトロンベルクツァバーゴイトロリンガーミットレンベルガートロッケン2018ヴェルテンベルクボトル

ヴァインゲルトナーシュトロンベルクツァバーゴイトロリンガーミットレンベルガートロッケン2018ヴェルテンベルクエチケット

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

伴は舌打ちした。

何だい結局飲むんじゃねえか。

 

ヴァインゲルトナーシュトロンベルクツァバーゴイトロリンガーミットレンベルガートロッケン2018ヴェルテンベルクグラス

 

若旦那は思った。

おんや?悪くない。

ついつい美味いと言いそうざんす。

アッサンブラージュはトロリンガーとレンベルガー。ドイツの固有品種ざんすかね?これで900円台?信じらんないクオリティざんす。

色はルビー。青みの抜けたいい色のルビー色ざんす、色はなんだかマスカット・ベリーAに似てるざんすね。とても強い粘性。ストロベリーの甘系のベリー香とブラックベリーの酸味系ベリー香が両方あるざんす。味わいは先ず酸味。かなりきりっとした酸味。喉越しのいいこなれたタンニンと調和してるざんす。アフターにホワイトペッパーを思わせるスパイス感。このスパイシーさはとっても秀逸でゲスな。

余韻は結構長いんざんすね。なんだかピノ・ノワールによく似た風貌でやすね。

しかしここで美味いなんて言おうもんなら伴の奴のドヤ顔をおがまなならん、これは悔しいざんすね。

 

ヴァインゲルトナーシュトロンベルクツァバーゴイトロリンガーミットレンベルガートロッケン2018ヴェルテンベルクディスク

 

「不味い!」

「へえ?」

「不味い、と言ったざんす」

「待った待った。いかに半可通の若旦那でもこのワインの良さはわかろうてもんだ」

「半可通とは何でがす。吉原(なか)行くたんびにGrand Cru 開けてる拙(せつ)ざんすよ」

「だから勘当されるんだよ。おじさんがここの大家だからって、たまたま助けてもらってんだ。この先どうするつもりだい。だいたい吉原(なか)に何しに行ってんだい。ふつうは女(なじみ)に会いに行くもんだよ」

「拙(せつ)の先のことは大丈夫。うふ。」

「へええ勘当といてもらうのかい」

「それこそ女(なじみ)にしばらく面倒見てもらいながら」

「もらいながら?」

「近い将来ワイン評論家としてデビューするざんす。おーっほっほほ」

 

呆れて伴は思う。

袋小路んとこのおとっつァん(注1)といいどうしてこの長屋の連中はどいつもこいつもワイン評論家になりたがるのかね。そもそもワイン評論家なんて仕事そんなに需要あるのか?

 

「じゃあ、ワイン評論家の先生にお尋ねしましょう。このワインのどこがダメだ?」

 

若旦那の眼が光った。

「このワインはダシがきいてない」

伴の目も光った。

「ダシか?」

「ダシざんす」

「わかるなダシだ」

「ダシよ!おわかりざんしょ」

 

伴は頷いてしまった。

確かに、なんとも表現の難しい旨味をブルゴーニュのピノ・ノワールに感じる時はある。しかしそれをダシって言っちゃっていいのか?ダシってそもそもなんだ?

 

「若旦那、そもそもダシとは?」

「祇園祭の山鉾みたいなのは残念ながらお江戸にないざんすね」

「それ山車」

「ちょっと当たってみて、反応見るざんす」

「それ打診」

「以外に人情噺の名演が多いざんす」

「それ談志」

「定期刊行が原則の書籍じゃない本ざんす」

「それ雑誌」

「コメディアンでジャズシンガーざんす」

「それ団しん也・・・ってチョット若旦那どんどん遠くなってるぜ」

「じゃあこのへんで勘弁してやるざます」

 

2杯目を自分でサーブした若旦那に、伴は言う。

「不味いんじゃなかったのかい?」

「2杯目以降はどうでもよがんしょ。後は泥酔までまっつぐざんす、伴さんも遠慮なくやっつくんな!」

「美味いって言えよ、強情っぱり。大体俺が持ってきた御酒(ごしゅ)だい。人の酒を不味いとか言いながらぐびぐびやるってなどういう了見だよ」

「これ位厚顔じゃないとワイン評論家なんてつとまらないざんす。おーっほっほほ」

 

なんでございます。じつにどうもこの乱暴な評論家もあったもんで・・・伴さんと若旦那の与太話はまだまだ続きます。キリがないてんで御開(おしら)きということで。

 

【2022年4月23日公開 900円台 消費税10%】

 

 

(注1)第1話の主人公のおとっつァんのフルネームは『袋小路おとっつァん』です。実はおとっつァん、とは親族呼称ではなく『おとっつァん』という名だったのです。びっくりしますね。顧問も最近知ってびっくりしました。

 

若旦那ときたら志ん朝で決まりでしょう。

三代目 古今亭志ん朝
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六代目圓生の真似なんかも絶品ですが、フランク・シナトラ辺りの歌真似もじつに楽しい団しん也。このアルバムは往年のジャズのスタンダードナンバーというより広くポピュラーソングから選曲してるので、ジャズシンガー団しん也を聴きたい方には物足りないかも知れませんが・・・声の魅力は充分伝わりますね。

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昭和の落語に馴染み出すと「じつにどうもこの」がじつにどうもこの聴きたくなってきます。

六代目 三遊亭圓生
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第4話へ続く

 

 

 

連作ワイン劇場「ワイン長屋の人々」第2話:思い込んだらブルネッロ

バルディスーガブルネッロディモンタルチーノ2015

 

バルディ・スーガ・ブルネッロ・デイ・モンタルチーノ・2015

 

その日お房は「セラーインしているワインをぜんぶ売る」などと、また言い出したおとっつァんに一発おみまいしたのだが、それだけでは気分が晴れなかった。

数日来、気になっているワインがあったのだ。お房は長屋の2軒挟んだ左隣の伴の意見を聞いてみようと思った。

変人ばかりのこの長屋の住人達だが、伴を比較的マトモだと誤解していたからだ。それが誤解だとなかなか気付けないお房であった。(注1)

 

「伴さん居る?」

「おや、お房ちゃん、いらっしゃい。なんだか良さげなもんを持ってるじゃねえか」

「ちょいとこいつを試してみてほしくてさ。年末に2本買ったうちの一本。最前、1本開けたんだけど、わかんなくなっちまって」

「ブルネッロ・ディ・モンタルチーノかい。あいにくリーデルのブルネッロ・ディ・モンタルチーノ用のグラスはこの間(こないだ)割っちまったところでね」

 

お房は呆れ顔で

「そんなどマニアな御託いいってば。何にでも使えるなんちゃってボルドーグラス出してよ。ヨークマートで375円で買ったやつあるでしょ」

 

「よく覚えてんなあ、出してくるよ。あんたも飲むんだろ」

 

バルディスーガブルネッロディモンタルチーノ2015ボトル

バルディスーガブルネッロディモンタルチーノ2015エチケット

 

 

「熟成期間4年以上で最低2年は木樽で熟成のはずのブルネッロ・ディ・モンタルチーノが3,000円なんて変でしょう?、本当は熟成期間1年以上で最低6ヶ月木樽で熟成のロッソ・ディ・モンタルチーノにラベル貼り替えたんじゃないかって」

「随分説明的なセリフだな、不自然だぜ」

「フィクションなんて書き慣れないものに手を出した、この作者のていたらくが如実に出ている場面よね、ここ。笑っちまうわ。ブォーッホッホ」

「娘らしくないから、止したがいいぜその笑い方」

「ブォーッホッホって書けばウケると、思ってんのよこの作者。低脳の極みだわね。笑っちまうわ。ブォーッ・・ンゴムグ」

集中の妨げになるお房の口を塞いで、伴は考え続けていた。

 

悪くない。悪くはないんだがどうも引(し)っかかる・・・

「うーん」

 

伴の手を振り払ってお房は尋ねた。

「で、どうなのよ」

「ロッソ・ディ・モンタルチーノにブルネッロ・ディ・モンタルチーノのラベルを貼ったなんて、そんな無茶なもんじゃない。こいつは立派にブルネッロ・ディ・モンタルチーノだ。ただな・・・」

「ただ?」

「このワインには何かがたらねえ」

「何かって?」

「そいつをさっきから考(かんげ)ェてるんだが」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

バルディスーガブルネッロディモンタルチーノ2015グラス

バルディスーガブルネッロディモンタルチーノ2015ディスク

 

伴の眼が光った。

「わかった」

「ナニナニ」

「このワインにはコシがねえ」

 

お房の眼も光った。

「コシね!」

「コシだ」

「わかるわ、コシよ!」

「わかるか?コシだ」(注2)

「でもコシを効かすにはどうしたらいい?」

「コンダラを引くしかあるまい」

 

2人の眼が光り同時に叫んだ

「コンダラよ!」

「コンダラだ!」

 

お房は深い溜息と共に静かに呟いた

「なんで気づかなかったんだろう、飲み手側の問題だったなんて」

「そいつがこのワインの盲点だったてえ訳だ」

 

後日・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

伴の母校のグランドでコンダラ(注3)を引く、お房と伴の姿があったのであった。

 

【2022年2月26日公開 3000円台 消費税10%】

 

 

(注1)なぜならお房も相当な変わり者(もん)だったので。

 

(注2)この2人何をどうわかったんだか、ちっともわかりませんね、筆者(顧問)もよくわかりません、ワハハ。ワインを表現するのにコシがどうこう言う人間は伴とお房以外にはいませんのでお気を付け下さい。

 

(注3)出典「ゆけゆけ飛雄馬」。ちなみに正式名称「整地ローラー」は整地するための道具で体を鍛えるためのものではありません。ちなみにこれは押すものであり引くものではありません。それにしてもこんな古いギャグ、分からない人の方が今や圧倒的に多数派でしょうけど。

 

コンダラ
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第3話へ続く

 

 

連作ワイン劇場「ワイン長屋の人々」第1話:おとっつァんと冬のリヴィエラ

ルイロデレールコレクション242

ルイ・ロデレール・コレクション242

 

「おとっつァん、おかゆができたわよ」

「おお、いつもすまねえなあ」

「おとっつァん、すまんが口癖になってるわよ」

「しかしなあ、すまねえと思ってるんだよ。定年と同時に腰を悪くして働けなくなって・・・焦って退職金を株に注ぎ込むなんてエ真似をしたあげくのこんな長屋の貧乏暮らし。こんな真似をしなけりゃ贅沢は出来ねえが普通の暮らしは出来たものを。しかも慌てて売っちまった後で直ぐに相場が戻るなんて。つくづく情けねエ」

「おとっつァん、それは言わない約束じゃない。みんなコロナが悪いのよ。おっかさんだってグチ一つ言わないじゃい」

「それにこいつよ。若い(わけえ)頃の道楽がやめらんなくて・・・こんな狭エ長屋にこんなでけえワインセラーなんか・・・

「おとっつァん、それも言わない約束じゃない」

「いや、おとっつァん覚悟を決めた。中のワインとワインセラーを全部売っちまって・・・」

「ばかっ!」

ビシィー

「てめえ、なにしやがる。親に手エあげるたあどういう了見だ」

「ばかばか。おとっつァんのばか」

「・・・」

「おとっつァん、いつも言ってたじゃない、俺は遠峰一青より偉えワイン評論家になるんだ(注1)毎日(まいんち)ワイン飲んでんのは伊達じゃねえぞ。1本1本が修行なんだって」

「でもなあ還暦過ぎても、ワインエキスパートにも擦りもしねえおとっつァんだ。遠峰の野郎の背中も見えやしねえ」

「ばかばか」

ビシィー

「痛えなあもういちいち叩くなや」

「おとっつァん、いつも言ってるじゃない。俺は100まで生きるんだ。60、70なんてな若造だって。まだ30年以上あるのよ。なんだってできるじゃない」

 

・・・・・・・・・・・・・・

 

「そうだな、お房、おめえの言う通りだ。おとっつァんが間違ってた。20年や30年ワインエキスパート落ちたからって自棄になっちゃあいけねえってこった。しかし娘に教えられるたあ、おとっつァんもヤキが回ったな」

「わかってくれればいいのよ」

ビシィー

「いてえなあ。あのすいませんここ叩くとこですか?」

「すまねえなあ」

「こいつあ一本取られた、娘に口癖真似されちまった。なんか愉快だなおい、ワインでも開けるか」

「おっかさん、おとっつァんワインだってよ」

「よし、今日はおとっつァんの再出発の門出だ。おっかあ!スパークリング持って来つくんな」

「分かりました。カヴァでよろしゅうございますか?」

「なにをトンチキなことを言ってやがんのかね、しょうがねえ。晴れの日にはシャンパーニュよ。それと何度も言ってるがカヴァじゃなくてカバだ。お前(めえ)の発音はどうしてもカヴァに聞こえる」

「至りませんで申し訳ございません。ルイ・ロデレールですね。クリスタルのロゼ・・・あ、違いますか」

「お前(めえ)んちの実家じゃあるまいし7~8万するワインをそうそうポンポン開けられるかってんだ。コレクションの242があったろう。そいつを持ってきつくんな」

 

 

ルイロデレールコレクション242ボトル・ボックス

ルイロデレールコレクション242ボトル

ルイロデレールコレクション242エチケット

 

 

「お房、抜栓してサーブしつくんな」

「おとっつァん肴はどうすんの?」

「おめえの作っつくれたおかゆがあるじゃねえか」

 

ルイロデレールコレクション242グラス

ルイロデレールコレクション242ディスク

 

 

おとっつァんは思った。

む・・・・・うめえ。

こいつあ並のシャンパーニュじゃねえ。

銀6匁越えなんてえ、べらぼうなおあしでも不思議はねえ。

 

こいつあ

こいつあ

コードネーム冬のリヴィエラだ!(注2)

 

【2021年12月25日公開 8200円台 消費税10%】

 

 

(注1)遠峰一青・・・ワイン飲んだだけで時空を超えてどこへでも飛んで行く、イっちゃってる漫画のイっちゃってる登場人物の一人です。

こんな顔 ⇓

神の雫
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(注2)何を言いたいんだかちっともわかりませんね、筆者(顧問)もよくわかりません、ワハハ。フィクションてなこんなもんです。キャラクターが走り出したら止める術(わざ)なんかありゃしません。高名なスパイ小説と高名な演歌の名曲が出典みたいですが・・・ワインのせいでいつも意識が混濁してるおとっつァんの言うことです。気にしないでやってください。

リヴィエラを撃て
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冬のリヴィエラ
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ルイ・ロデレール コレクション 242
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第2話へ続く