
シャトーメルシャン・桔梗が原メルロー・2018
その日番頭の茂造は言いつかった用事の結果を報告に大家の所在にむかっていた。
まいっちゃったなあ、前の番頭の清造さんいきなり行方不明になるもんだから、ちゃんと引き継ぎできてなくて忙しいってのに旦那から変な用事を言いつかって・・・しかも芳しくない結果を言いにいくんだよ。あたしだって行方不明になりたいくらいだよ。
「旦那、遅くなってあいすみません」
「いやあ、まあまあまあ。どうした?家作を残らず回ってくれたかい?」
「はい」
「みなさん、お見えンなるかい?」
「へえ、それがあの・・・来らんない家(うち)もあるんでございます」
「それァそうだ。皆さん色々と用があるからな、それは仕方がない。袋小路のおとっつァんところィ行ってくれたかい」
「え、いの一番に参りました」
「今日、ライブをやるって聞いたらよろこんだろ?おとっつァん本当はロック好きなのに毎日(まいんち)カミさんのヴァイオリン聴かされてフラストレーション溜まってる筈なんだ」
「それが来れないそうなんで」
「うん?」
「なんですか痛風の発作が出て一歩も歩けねえとか」
「それあ、あれだけ毎日酒飲んでりゃ痛風にもなろうてもんだ。ワインてのは醸造酒だからね」
「旦那の歌が聴けねえなんて悔しいって、おとっつァん涙を流してくやしがってました」
「痛風が痛いんだよそれあ。で、奴のカミさんの亜弓さんは?」
「は?」
「は、じゃないよガチガチのクラシックの人は、癒しとしてロックを聴くもんなんだ」
「はあ」
「仕事になっちゃうんで休みの日にはクラシックは聴かない、もっぱらピンク・フロイドだってアリス=紗良・オットさんも言ってますよ」
「旦那、プログレもやるんで?」
「ギター一本でプログレが出来る訳なかろう。言葉のアヤです。プログレてえのはバカでっかいPAとビルみたいなコケ脅しのシンセサイザーがないと成立しない世界だ」
「はあ」
「で、プログレ聴く人はパンクロックも必ず聴くもんです」
んな訳なかろう、いつもの事だが旦那はいいように勝手に解釈するよな、厄介な上司だ。
「で、亜弓さんなんですが」
「そうだそうだ、クラシック、ロック論に話がずれてた、どうだって?」
「ちょっと留守してるって本人言ってました」
「まてまてまて」
「ああ、すいやせん。おとっつァん言ってました」
「ふうん」
「何ですかジャック・デリダの遺稿が見つかったんで、その翻訳を手伝ってほしいって出版社に呼ばれたそうで」
大家は嫌味を込めて言った。
「その出版社は札幌かどっかにあるんですか?」
「いえ、パリだそうで」
「ぶっ」
「ちょっとパートに出るにも、泊まりがけで行かなきゃならないなんて。狂気じみたインテリをかかあに持つと大変だ、なんておとっつァん嘆いてました」
「・・・まあ・・いいや」
「で、お向かいの懺悔団平さんですが」
「ちょっと待った、あそこんちにゃ娘がいたろう。お房ちゃんだっけ」
「いけません旦那。お房ちゃんだけは」
「なぜです」
「あの娘、イライラし出すとすぐ暴力を振るうんです。しかも見境なし。あの娘の平手打ちから逃れた人(しと)いませんです。」
「つまりわたしの歌は人(しと)をイライラさせると?」
「勘弁してください旦那、お房ちゃんはイライラの沸点が異様に低いんですよ」
「まあいいでしょう。しかしなんかよく似た母娘だな。亜弓さんのヴァイオリンも立派な暴力ですよ」
あんたのロックもね。いけねえ口に出しそうになった。こらえねえと。
「で、懺悔段平さんなんですが、お隣のダンケ段平さん、そのお隣のタンゴ段平さん、そのお隣のランゲ段平さん揃って来らんないんで」
「段平さん達全員かい?」
「ええ、バレエの発表会が近々あるんで、今猛練習中とか」
「・・・・・バレエ?」
「せっかくの旦那のライブ、是非聴きに行きたいとこだが、自分達も追い込みの真っ最中なんで本当に申し訳ないんだがって口を揃えて言ってました」
「・・・・・バレエ?」
「へい」
「スキンヘッド・左目に黒のアイパッチ・口の両ハタに変なヒゲを生やしたおっちゃん4人がバレエを踊るってのか?」
「へい・・・ええと旦那、白鳥の湖はご存知で?」
大家は憮然とした表情で言った。
「名前だけは聞いたことがある」
「あん中で4人のバレリーナが格子状に手を繋いで横に移動する踊り知ってますか」
「何かで見たことはあるかもしれない」
「4羽の白鳥の踊りてんですがね。今回の発表会でその4羽におっちゃん達が抜擢されたとか」
大家は怒りにブルブル震えた。
「ちょっと待て・・・・ハゲ、眼帯、小太り、変なヒゲのおっちゃん4人が手を繋いで、トウシューズ履いてチュチュ着て踊るってのか?」
「さいでやんす」
「止めろー!絵が浮かんじゃったじゃないか」
「あ、でもちょっと練習見さしてもらったんですが、おっちゃん達上手でしたよ」
「そういう問題じゃなーい!」
「今回の発表会が成功したら、ここだけ切り出してバレエパフォーマンスのプロチームで売り出そうなんて話もあるそうで、名付けてダンペーズ」
「この話題もうやめろ」
「もう役職も決まっているそうで、キャプテンが懺悔段平さん、リーダーがダンケ段平さん、チェアマンがタンゴ段平さん、ゼネラルマネージャーがランゲ段平さんだそうです」
「この話題もう止めろー!次っ!」
「ゼネラルマネージャーのランゲ段平さんのお隣に行きましょうか。若旦那ですが」
「ああ、あいつはいいよ」
「いいんですか?」
「就職活動の邪魔しちゃまずいでしょう。あいつやっと職探し始めたらしいじゃないか。勘当されていくとこがないからと泣きついてきてから置いてやってたけど、いつまでもフラフラして・・・いつ追い出そうか思案してたが・・・職探ししてんならもう少し様子を見てやりますかね」
「それがよござんすね。 資格試験と就職活動といっぺんにやってて若旦那、大変みたいで。旦那のロックライブなんてケッタイな催し言い出しにくくって。声かけられませんでした。」
「なんだいケッタイな催しとは!しかしそれより気になることを言ったな。資格試験?」
「ワイン評論家になるのは諦めた。飲食店で仕事しながら地道にソムリエを目指すそうで」
「どだいワイン評論家ってのは無理があんだよ。でもワイン扱ってる飲食店から探すってんですか?仕事らしい仕事したことないくせに、最初っから間口狭めてどうすんだい?」
「何でも若旦那の思い人がソムリエだそうで・・・あ、女性はソムリエールつうんですか?」
「はあ?」
「同じ世界にいれば、また会うこともあるだろうなんて、おっしゃってました」
「あのバカ!キッチリ振られたんじゃなかったのか!」
「どういういきさつか存じませんけど、若旦那、眼ェ血走ってましたよ」
「イヤだねえ。未練たらしい。あれあ、誰に似たんかね。もうっ次いこう次」
「では若旦那のお向かいに行きましょうか」
「あれだけ、長屋に迷惑かけてんだ。にもかかわらずやつらの無理も聞いてやって・・・左岸の師匠とフランソワーズ、よもや来らんないなんて言わないだろうね?」
「いえ、来らんないそうで」
「簡単に言うねえ・・・理由は?」
「左岸の師匠はお得意の旅行のお供とかでローヌに行ってるとか」
「またかい!今度はローヌか。呆れたねえ。しかしつくづく思うけど、師匠は客筋だけはいいんだな。いい金持ちをお得意に持ってるじゃないか。あれで貧乏だったのがよくわからない」
「それでフランソワーズさんなんですが、ベルリンフィルの野外コンサートに行くって、ベルリンへ行ってるそうです」
「ふうん」
「?旦那何か?」
「師匠はローヌ。フランソワーズはベルリン。2人とも留守なのに、それはどっから仕入れた話ですか?」
「あああああ!」
「どしたい?」
「まいったなぁ、これは旦那に一本取られましたよ!」
「なにが一本取られただ、ばかやろ。見え透いた嘘付きやがって」
「いえ、嘘(はなし)の造り込みはそのお二人なんで」
「よくそんな不義理ができたもんだ。こっちはあいつらの無理を聞いてやってますよ」
「あ、そうなんですね」
「先(せん)に左岸の師匠からもう2部屋借りたいって言ってきてだな、フランソワーズの知り合いが困ってるんでお願いしますとか言って来た」
「はあ」
「フランス人の友達かなんかがなれない日本で、住まい探しに困ってるんだな、とか普通は思うじゃないか」
「はあ」
「左岸の師匠んとこは、経済的に余裕ありそうなんで、店賃の滞りがあってもあいつらに保証人になって貰えばいいや、てんで2つ返事でオーケーしたさ」
「はあ」
「そしたらどんなのが来たと思う?」
「さあ」
「フランソワーズのスタンウェイD274だ。1部屋はそれの置き場だ、伴の隣だ」
「うひゃあ」
「もう1部屋はさらにその隣、ピアノと袋小路のおとっつァんとこの間だ。そのピアノの専属の調律師だとさ」
「どひゃあ」
「どこの世界に1台だけのピアノの専属調律師がいるって言うんだ!」
「うんとこ」
「困ってるっていうのは、スタンウェイを実家から日本に移動したら、調律師の仕事がなくなっちまう。ということだとさ」
「どっこいしょ」
「4000万超えるようなピアノとお抱え調律師、フランソワーズてのは超ド級のお嬢様だ」
「あそれ」
「どうしてそんな奴があんな貧乏幇間(たいこもち)と結婚したんだ?」
「あどした」
「何より腹立つのは、どうしてそんな奴らが俺の長屋みたいな貧乏長屋にいつまでも住んでんだ」
「あちょいさ」
大家はやっと気がついた、こいつ。
「茂造、ちっとも真面目に聞いてないだろう!」
「いえ、そんなことはございませんでございますよ」
聞いてるってば。旦那の相手が少々、疲れてきただけだよ。そうか、あのにいちゃんそういう素性か。
「最近、見慣れない外国人のイケメンを長屋で見かけると思ったら、調律師さんでしたか」
「名前はシモンだとさ」
「いやな予感のする名前ですねえ」
「いやな予感しかしない。イケメンでシモンて名だなんて、変なのを抱えてしまいましたよ。・・・だいたい世の中のシモンて名のイケメンは例外なく年増好き、歳上の女が大好物がお決まりです」
「言い切りますねえ」
「へんな厄介ごと起こさなきゃいいけど・・・しかも仕事が1台のピアノ専属の調律師・・・どうして俺の長屋の家作には変人ばかり集まるんだろう。ヤダヤダ」
変人筆頭のあんたが大家なんだ。似たようなのが集まるのは道理ってもんだと思うよ。
「スタンウェイ、シモンと飛んでしまいました。戻ろう。伴のやつはどうだった?」
「それなんでございますよ、伴さん来れないそうでして」
「わかりましたよ。どうせあれでしょ。コンダラ引きすぎて腰をいためたとかなんとか」
「旦那!よくご存知で!」
「分かりたくもありませんがね、だいたい理由にもなってないじゃないか」
「?」
「アレは引くもんじゃなく押すもんです。アレの正式名称は【整地ローラー】って言ってグラウンドを整地するための道具です。体を鍛えるためのもんじゃない」
「はあ、そうでしたか」
「言い出した奴はギャグのつもりだったのに【コンダラ】を正式名称だと思い込んで、母校に勝手に入り込んで、間違った使用方法で勝手にトレーニングして、腰を痛める、だと?」
「なるほど馬鹿げてますねえ」
「正気の沙汰じゃありません」
大家は気が付いた。誰も来ないということに。
「そうすっとォ・・・いったい誰がくるんですか」
「うう、ですからあの、誰というのは来ないんでございます」
「ばかやろ。おまいさん、始めになんてえました?来らんない家(うち)もあるって言いましたよ。来らんない家(うち)もあるってえのは来る家(うち)と来ない家(うち)があるって意味でしょう。これあ、まるっきり誰も来ないんじゃないか」
「まァ、早く言えば」
「遅く言ったってそうですよ・・・わかりました。もう結構です」
意外と諦めが早いんだね。でも良かった。犠牲者出さなくてすみそう。と茂造が安堵した途端。
「明日の12:00をもって出ていってくれと、店子の皆さんに伝えて来てくれ」
「あうあうあう」
「全員、残らずですよ。なにが痛風だ、なにが出版社に頼まれてパリだ、なにがバレエだ、ローヌだ、ベルリンだ、コンダラだ。どいつもこいつも見え透いた嘘ついて。私のロックがそんなに嫌か?嫌なものを押し付ける大家の長屋なんかに住みたかないでしょう!だったら出ていってもらおうじゃないか!」
「旦那、そんな無茶な。第一(だいち)中には声かけなくてもいいって旦那おっしゃってたシトも居るのに」
「私の甥っ子はどうせ追い出すつもりだったんだから。いいよ、ついでだ」
「イヤイヤ明日の12:00なんて無茶ですよ」
「なにが無茶だ。いつなんどきでもお入用の節には速やかにお明け渡しをしますという一札が入ってるんだ。70年代日本のロックは日本の宝だ。パンクの先駆けだ。それが判らないような奴らは日本人じゃない!私の長屋に住んでなんてほしくない。そう皆んなに言って来ておくれ。仕方ない。私の歌は茂造、おまいさん一人に聴かせよう」
大家の歌に一人で対峙しなきゃならない、地獄のような場面を想像して茂造は心の底から恐怖した。せめてあいつら全員来させて毒を薄めなきゃ。
「分かりました、皆さんに伝えてきます。店立(たなだ)てとなったらおおごとだ。皆さんご事情もおありでしょう。皆さんにお伝えして、そのお答を聞いてきますからちょっと、ちょっとだけ待っつておくんなさい」
茂造は長屋の一軒一軒に話しに行った。今度は結論が早かった。
「旦那、ただいま戻りました」
「早かったね、皆さんすんなり言うことを聞いてくれたみたいですね」
「それがですね、一札入れてるんだから、それはその通り。ただ出ていく前にどうしても旦那のロックが聴きたいって皆さんおっしゃってて」
「ふうん・・・まあ聞きましょう」
「先ず袋小路のおとっつァんですが、最後に聞く旦那のロックだ、真っ先に飛んでいって最前列を取るぞ、と息巻いてまして」
「ふうん。おかしいじゃないか。おとっつァん痛風で動けないんじゃなかったのか?」
「最後の旦那のロックの前に、痛風なんか飛んでいっちまった。だそうです」
「何だか調子のいい話だねえ」
「で、亜弓さんなんですが」
「パリじゃ無理でしょう」
「それが今日出発の予定だったんですが、ストのせいで欠航になったとかで。急遽来れるみたいです。【なんで旦那のライブが今日あることを教えてくれなかったんですか。知ってればパートでパリに行く約束なんかしませんでしたわよ。でもよかった。ああ旦那の歌が聞きたい】って、亜弓さんおとっつァんをなじってました」
「・・・・」
「それと娘のお房ちゃんも来ます。旦那の大切なライブだ、粗相があっちゃいけない、てんで。動(いご)かないように両手をふんじばって引っ張って来るそうです。平手打ちはきっちり両親で封じています」
「それあ可哀想だ。けど隣のお客さんに被害を出さないためには仕方ないかね」
しめた、茂造は聞こえないようにひとりごちた。旦那ちょっと軟化して来たぞ。
「で、ダンペーズの皆さんですが、皆さん来られるそうです。【今回の発表会の踊りはだいぶ仕上がったので、今晩のライブには寄らせてもらいますって、今言いに行くとこだったんですよ】って懺悔段平さんがおっしゃいましてね」
「また、調子のいい」
「いえいえ、本当のこってす。なんだったら旦那の歌う後ろで我々バックダンサーとして華を添えてもいいなんてえことまで言ってくれて」
「やめろー!華になってない」
「せっかくの申し出ですが断りますか?」
「丁重にお断りしてくれ、聴きに来てくれるだけで望外の喜びですとかなんとか適当に言っといてくれ」
「さいですやんすか。70年代ロックとバレエって合うと思ったんですがね。じゃ次行きますよ。若旦那ですが」
「やつも来るのか?」
「今度は遠慮しないでキッチリ声かけました。【なんで教えてくれなかったざんすか、何を隠そう拙は叔父さんの歌のファンなんざんすよ】って怒らいちゃいました」
「そんな話、聞いたことないけどね。どうせあれでしょついでに追い出されるって聞いてご機嫌伺いしてるんでしょ」
「まあ、そうでしょうね」
「うん?」
「すみません独り言です。で、左岸の師匠とフランソワーズのお二人ですが、来るそうです」
「ほおおおお、ローヌとベルリンにいる二人がどうして今晩江戸に来れるんですかね」
「フランソワーズさんのご実家から自家用ジェットを用意するそうでして、日付変わりのライブのハイライトには間に合うとか」
「さっきので嘘だってのがもうばれてんだからいいって、嘘に嘘重ねなくても」
「ポリポリ」
「何がポリポリだ。ばかやろ。嘘はばれてるから安心して最初(はな)から来いと伝えとくれ」
「あい」
「伴のやつは・・・どうせ来られるようになったとか言い出すんでしょう?」
「そうなんですよ、丁度医者帰りの伴さんとバッタリ合って、【今整形外科から帰ってきた。痛み止め打ってもらったら、嘘みたいに楽になった。ライブ?もちろん行くさ。縦ノリ上等。なんだったらダイブもしちゃうぜ】だそうです」
「あんなゴツい奴、支えられるかい!でもいい心がけだねえ」
旦那機嫌が直って来たよ。よし、ダメ押しだ。
「スタンウェイ部屋の前を通ってたら、中から仕事中のシモンさんから声(こい)かけられまして」
「シモン?」
「【今日長屋じゅうがなんだかソワソワしてますけど何かあるんですか】って言うんで。今日、大家さんのロックライブがあるんですよ。って答えたんです」
「シモンは越してきたばかりだからね、念頭に無かったよ」
「そんなイベントがあるなら是非参加させてくださいってことでした」
「無理してないだろうね」
「なんでも【いい加減な理由で幸福になるよりも、正当な理由で不幸になっていた方がまだまし】(注1)だそうです」
「????なんだかよくわからんな」
「よくわかんないですけど、まあいいじゃないですか。来てくれるってんですから」
大家は今日初めて笑顔になった。
「そすっと。皆さん来てくださるようになったってことかな」
「はい」
「じゃあパンクス、進行の打ち合わせに入るぜ」
「旦那、ライブやることが決まった途端、口調が変わるのよしてください。調子が狂います。それに進行の打ち合わせって?」
「茂造、お前さんがMCだ」
「ええええー」
「お店(たな)の番頭の一番重要な仕事だぜ、前の番頭の清造から引き継いでねえか?」
茂造はやっと理解した。面接の時に「ロックは好きか?」と聞かれた理由が。織物問屋がなんで音楽の趣味を聞くのか疑問にも思わず「好きです、特に古いやつが」なんて正直に答えたのが良くなかった。すぐ採用になって、清造さんが居なくなったらあっという間に番頭だよ。
新入社員に番頭やらせるなんてなんてお店(たな)だと思ったが、こういう裏仕事があったんだな。
「先ず最初の曲だがな」
「はあ」
「やっぱりヒット曲がいいと思うんだ、つかみは大事だ」
「はあ」
「と、なるとやはり頭脳警察の【さようなら世界夫人よ】だな」
最初(はな)からこれだよ。茂造は頭を抱えたくなった。
「あのー旦那。頭脳警察の【さようなら世界夫人よ】ってヒットしたんですか?」
「おお、ヒットしたぞ。1972年最大のヒットと言っても過言じゃない」
シングルカットもされてないもん、どうやってヒットチャートに乗るんだよべらぼうめ。
「なんか盛り上がってきたなあ、飲もう!パンクス」
「旦那、ライブ前ですよ、いいんですか?」
「なに、ちょっとした景気付けだ。大麻吸おうてんじゃない。大人しいもんさ」
なにが大麻だ。これでもこの人(しと)本当に大店の主人なのかね。俺どうしてこんな所に転職しちまったんだろう。考えどこだなあ・・・でもなあ・・・ここ辞めて上手く転職できるか?何社目だ?珍しく正社員で採用されたのに・・・・
大家は奥へ声をかけた。
「おーい、アレ持ってきておくれ」


「ちょ、ちょっと旦那。景気付けにこれ飲むんですかい」
「そうだぜ、何か問題か?」
「いや、長屋の店子さんたちが【どうしてうちの旦那は不味いワインばっかり選んで飲むんだ?】って陰口叩いてるのをよく聞くんで」
「俺は金持ちだからね。不味いワインも飲むがこうゆうのも飲むのさ。お茶がわりだ」
イ・・・イヤミなやつ。ケツまくって帰っちゃおうかな・・・でも・・・このワインは飲んでみたい!
大家は2つのグラスにサーブした。

「それでは・・・ありがたく御相伴さしてもらいます」
「おう!飲っつくんな」
何が飲っつくんな、だ。こんなに江戸弁を使いこなすパンクロッカー居るか?しかし・・・・このワインは美味いなあ
「美味いです。」
「美味いよな。余韻てやつが後ろから来る(注2)」
「続けよう。次の曲は村八分の【のびてぶぎー】だな」
「はあ」
「ギターリフ聴くかい?」
大家はワイングラスを置き、テレキャスターをアンプにつないで弾き出す。
「ミック・ジャガーがそのまま歌い出しそうですねえ、村八分、ストーンズの影響受けたってぇことですがこれまんまパクり・・・」
「しっ。滅多なことを言うもんじゃないパンクス。ギターリフが似てるなんてこと位でパクリなんて。そいつはロックじゃない。思ってても言わないのがパンクロッカーの礼節ってもんだ」
「いいえ言わせて貰います。これストーンズのShake Your Hipsにそっくりですよ」
大家はテレキャスターを置き、ワイングラスを掲げて茂造を満足気に見た。こいつを番頭にして良かった。


「パンクス、詳しいねえ」
「あたしが採用されたの、ロック好きが理由だったんじゃねえンんですか?まさかロックライブのMCやることになるとは思ってもみませんでしたけど」
「そうだった、そうだった・・・ドンドンいこう!次はやはり村八分の【あッ!!】だな」
「それ代表曲ですか?」
「そうだぜ」
「そうかもしれませんが・・・旦那の選曲の意図って・・・カタワとかメクラとかビッコとかそういう歌詞を歌いたいだけですよね」
「な!70年代日本のロックってパンクだろ」
「イヤー差別用語を高らかに唄えばパンクってそれ偏った解釈ですよ」
「まあいいじゃないか。飲もうぜ・・・・美味いなあ」
「美味いっすね」
「だんだんノッてきたぞ。次行こうか。次の曲は友部正人の【一本道】だ」
茂造はコケそうになった。
「ちょ、ちょっと旦那!友部正人の【一本道】ってロックですか?」
「ロックだ」
「フォークに詳しくない私だって知ってます。友部正人の【一本道】はフィークもフォーク。熱心なフォーク信者にとって神曲扱いされてますよね」
「いやロックだ」
「友部正人って現代詩の詩人としても有名な人なのに」
「知ってるぜ。だから?」
あんたの歌じゃ詩人友部正人の世界感が台無しになるって言いたいんだよ、べらぼうめ。
「いや、もういいです」
「ドンドン盛り上がってきたなあ、呑もうぜ茂造」
茂造の飲み方が荒くなってきた。
ワインの飲み方じゃないね。でももういいや。もうなにが出て来ても驚かない。
「最後の曲は・・・・」
「旦那、旦那。5曲目ですよ。これで最後なんですか?」
「全部の曲に俺のギターソロが入るからね。一曲1時間位だからこんなもんさ」
あんたはクラシックか!イエスか!マイク・オールドフィールドか!
「それに今一つ納得できない仕上がりだったらテイクⅡもテイクⅢもやる。ここまでで7〜8時間はかかるさ」
あんたはジャズか!
「最後の曲は古井戸の【何とかなれ】だ」
今度は茂造は本当にコケた。
「旦那、いい加減にしてください古井戸がロックですか?」
「ロックだ」
「フォークに詳しくないあたしだって知ってます。神グループの神曲じゃないですか」
「ロックだ」
「しかもこれをテレキャスターでやるんですか?それは古井戸の世界とは違うんじゃ?」
「ちゃんとギブソンのDoveも用意してある。実はハミングバードの用意もしてあるぜ」
「あのう・・・Doveは旦那が弾くんですね。ハミングバードは誰が弾くんで?」
「茂造おまいさんだ」
「イヤイヤイヤ。あたしはギターなんて」
「隠さなくてもいいって、バレてるんだから」
「??」
「採用に当たって申し訳ないが身辺調査はさせてもらってる。履歴者に書いてないことも知っている。これもお店(たな)を守るためだ勘弁してくれ」
「・・・・・・」
「30歳になるまで音楽の道を諦めきれなくて、サラリーマンになろうって動いたのがそこからだ」
「・・・・・・」
「でもそんなだから上手くいかなくて、転職を繰り返したり、派遣社員でつないだり・・・違うか?」
茂造はうなだれた。
「旦那、ご存知だったんですか」
茂造は涙目になってきている。
「泣くなパンクス、よく聞け茂三」
大家はパンクロッカーの顔から大店の主人の顔に戻っていた。
「おまいさんは自分のことを負け組だと思っている。でも違うぞ」
「・・・・・・」
「全ての人間は負けるんだ、負け続けるんだ」
「・・・・・・」
「世の中には経済的に成功して自分の事を勝ち組だと思っている奴もいる、でもそんな奴らはちょっとおめでたい。何もわかってない。俺は自分を勝ち組だなんて思ったことは一度もない」
「・・・・・」
「古井戸の【何とかなれ】はそんな負け続ける人間達のための伴奏歌なのさ」
「・・・・・」
「じゃなきゃロック一辺倒のおまいさんが何故この歌を知ってる?友部正人の【一本道】もそうだが名曲ってのはジャンルを超えるな」
「・・・・・」
「ライブの最後におまいさんも歌うんだ。おまいさんの【何とかなれ】はきっと皆さんの心に響く筈だ」
「旦那ぁ」
茂造は涙を拭いた。
「行こう!時間だ!皆さんが待ってる」
茂造は大きく頷いた。
「あい」
【2026年2月28日公開 10,000円台 消費税10%】
(注1)「ブラームスはお好き」第九章よりシモンの独白のパロディ
(注2)The Birthday 「VINCENT SAID」のパロディ「それにしてもさ 時代ってもんは 後ろからくる」
