連作ワイン劇場「ワイン長屋の人々」第6話:おとっつァんと紫のバラと銀のばら

ラプスドールコルトンレブレッサンドグランクリュ2018

ラ・プスドール・コルトン・レ・ブレッサンド2018

 

土曜の午後、袋小路おとっつァんは、大家の家を辞した後、幇間の左岸豊作の家を訪ねた。

 

「師匠、いるかい?」

豊作は先日、大家から言われた難題が頭から離れず、おとっつァんの来訪に気付けずにいた。

応(いら)えがないのでおとっつァんは少し焦れた。

「師匠、どうしたい」

「ああ、おとっつァん、すいやせん、一寸(ちょいと)考え事してて」

「わかる、わかるよ。悩みは騒音問題のこったろ」

「騒音問題のこってす」

「さっき大家んとこ呼ばれて俺も一寸(ちく)と言われたよ。文句言われただけならともかく、変なおまけつきだ。今日は愚痴を言いにきたと思いねえ。問題の2人ぁ、2人ともいねえし、吐き出さしちくれ」

「フランソワーズ(うち)のいねえと思ったら亜弓さんとご一緒でござんしたか」

「2人連れ立って遊(あす)びイ行ったみてえだな」

「そういやベルリンフィルが4年ぶりにどうとか言ってたっけ、今日でござんしたか」

「あいつらのこったから、S席とかのチケット平気で買うんだろうなあ」

「あ、でも夜には帰ってきちまうんじゃ?」

「日程的に言って東京(おえど)公演じゃねえんじゃねえか」

「ぶっ。わざわざ泊まりがけで?フランソワーズ(うち)のやつなんざ里帰りついでにパリででも聴いた方が安いだろうに」

「あいつらの辞書に金銭感覚という文字はねえよ」

「理由はどうあれ、今日はヴァイオリンの狂宴はなさそうでゲスな。かかあが行き先も告げず泊まりがけしようってのにほっとするなんてなあ・・・きっとおとっつァんとあたしくらいのもんで」

「しかし、あのヴァイオリンから逃げる算段がそろそろ尽きてきてるから、たまに居ないでくれると助かるなあ確かだ」

「あたしもね、お得意のお座敷に呼ばれる以外は24時間のスーパー銭湯行ったりたり色々工夫さしてもらいましたがそろそろネタ切れでやんす」

「それに最近、俺たちだけ逃げるなんて汚いって、長屋の連中が責める責める。師匠もそうだろう?」

「昨日、大家さんに言われました」

「師匠もかい?」

師匠がカミさんもらうなんて、めでてえこたあない。店子のめでてえ話だ、祝いのひとつもとか考えてたんだが先(せん)から始まったヴァイオリンでその気が失せた。旦那として何とかしろ。

「溜まった店賃、払いに行ったのに、説教されちまいました。そいでその難題を思案してたんですがね・・・旦那として何とかしろって言われてもねえ・・・フランソワーズ(うち)のやつに【よろしくてよ】って言われるとそこで話が止まっちまうんでゲス」

「ありゃ魔法の言葉だな。しかしフランソワーズって若えんだろう?どうして【エースをねらえ】なんてえ古いマンガのお蝶夫人の決め台詞なんか知ってんだ、世代が違うだろう?」

「オタクなんですよアイツ。こんちフランス(あちら)のオタクは半端なくディープだそうで。50年くらい遡るなんざあたりめえとか」

「聞いたことはあるがねえ」

「第一(だいち)世代も何も大学で岡本綺堂だの野村胡堂だの勉強してたんすから」

「半七親分や銭形平次に比べりゃ新しいか?」

「さいでやんす」

「そういう問題かねえ?っかしソルボンヌてなどういう学校なのかね、源氏物語とか西行とか上田秋成とか日本文学のお宝どころはいくらでもあろうに。なにも捕物帳まで手ェのばさねえでも」

「亜弓(おかみ)さんだってそこの大学でしょうに」

「ジャック・デリダとかジル・ドゥールーズあたりと勉強してたんだとさ」

「ジャック・デリダとかジル・ドゥールーズあたりと?ジャック・デリダとかジル・ドゥールーズあたりを。じゃないんで?」

「って言ってたな」

「・・・・・バケモンですなお宅の亜弓(おかみ)さん」

 

自分の女房をバケモンと言われても、ちっとも怒る気にならないおとっつァんだった。確かに狂気じみたインテリだが、問題はそこじゃねえよ。美人で性格が良くて優しい。俺にはもったいねえようなかかあだ。師匠、あんただってそうだろう?

 

「師匠にだけは言われたかねえな。かかあがバケモンななあ、お互いさんだ」

 

自分の女房をバケモンと言われても、ちっとも怒る気にならない豊作だった。確かに常識外れの【日本オタク】だが、悩みはそこではないんでゲス。美人で性格が良くて優しい。あたしにはもったいねえかかあだ。だからヴァイオリン(道楽=あすび)位で文句言いたかない。

 

「話の前後がつながらないのに【よろしくてよひろみ】って言われちまうとなんか納得しちまうんでゲスあたしぁ豊作なんですが」

「納得といや・・・ここくる前に大家に呼ばれたって言ったっけ?」

「大家さんに意見されたんで?」

「何回も同じこと言うんで、言い飽きたのかね。あっさりしたもんよ。ただしワイン飲まされた」

「まさか日本のどこぞやのメルローとか」

「いやインドのどっかのジンファンデルだった。作り手は教えてもくんねえ」

「そりゃどう考えても」

「在庫処分の使いパシリだな。ありゃ大家、半分頑張ったんだがギブアップしたな。どうしてウチの大家はああ不味いワインばっかり溜め込んでやがんのかね?」

 

大家さんいっそ捨てまったらどうです、つったら。おまいさん、ワイン評論家を目指してるんだろう、どんなに不味いワインでも捨てちまえなんてバチ当たりなこと言うもんじゃない、とか何とか。

 

「無理くり納得させられ、結局ボトル半分飲まされた。・・・・・捨てるの嫌だからって・・・・・ったく。普通不味いと自分ではっきり言いながら人に飲ませるか?」

「そりゃ災難で。」

「しかしなあ・・・亜弓のヴァイオリンで迷惑かけてんだ。大家の無茶も断れねえ」

「一晩中(しとばんじゅう)やる(演奏)ようになりましたなぁうちのと知り合ってからでしょうけんど」

「困ったもんだな・・・」

「困ったもんでゲス・・・」

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

「飲(や)るか?何かいい思案が浮かばねえとも限らねえ」

「飲(や)りましょう。でも大家さんとこで半分飲(や)ってきたんでガショ?大丈夫ですかい?」

「あんな不味いのいくら飲んでも酔やしねえよ、飲み直しのワインは別腹ってもんよ。どうする?うちから見繕ってこようか?、誘ったなあこっちだ。」

「いえよござんす、ちいと待ってておくんなさい、うちのを用意します」

 

ラプスドールコルトンレブレッサンドグランクリュ2018ボトル

 

 

おとっつァんは呆れた。コルトンかい。

 

「これからゴチになろうってのに、アヤつけるのも無作法だが・・・高いワインばっかり飲んでねえで、商売に励めって以前(せん)に大家に意見されたんじゃなかったのかい?」

「コルトン・シャルルマーニュじゃねえだけ褒めて下せえな。昔のあたしだったらルロワのコルトン・シャルルマーニュ出してくるところで」

「そりゃそうかもしれんが」

「大人しいもんでござんしょ!成長したって褒めてくれ」

「それ成長って言うのか?」

「あい」

 

豊作は抜栓してサーブした。

 

ラプスドールコルトンレブレッサンドグランクリュ2018グラス

 

おとっつァんはテイスティングしてみた。

 

色はルビー。コアに凝縮はなくリムまで均一の色。香りはスパイシーな香りとベリー系の甘い香り。丁子辺りの漢方薬っぽい香りもする。口に含む。

む・・・美味え。生き生きした酸味とこなれているが存在を主張しているタンニン。余韻は長い。この酸味とタンニンの組み合わせのせいか随分攻めてるイメージだ。時間経過とともに醤油のニュアンスが出てきゃあがる。こいつあ面白え。ジュブレ・シャンベルタン辺りの力強さにとんがった個性を加えたような。でもピノ・ノワールらしさからは決してはみだしてねえ。こういうスタイルのブルゴーニュもあるんだねえ。

 

ラプスドールコルトンレブレッサンドグランクリュ2018ディスク

 

「師匠、このワインを表現するとだな」

 

こいつあ

こいつあ

おとっつァんは叫んだ

「紫のバラと銀のばらだ!」(注1)

 

豊作は呆れた。

 

訳がわからん。

ともかく何かに例えないと気が済まないんだねこの人(しと)は。そもそもワインを(説明)でもなく(解説)でもなく【表現】てなんのことでゲスか?例の漫画以降こんなの増えてきたけんど・・・めんどくさい奴ら!(注2)無視しちゃお。

 

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 

長い沈黙が訪れた。

 

応(いら)えがないのでおとっつァんは少し焦れた。

 

「紫のバラと銀のばらだよ」

「はあ」

「11歳も年下の少女にことあるごとに紫のバラを送るようなストーカーお兄(あに)いさんと一度も人を襲ったことのない吸血鬼の美少女さ。攻めてると思わねえか?」

「はあ?」

「ああ出典がわからねえか?フランソワーズに聞いてみな、ディープなオタクだったら知らないとは限らねえ」

「はあ」

「まあいいや、いいワインだよこいつは。じっくり飲んでじっくり騒音問題について語ろうじゃねえか」

「さいでやんすな」

 

しかし、いくら語ってもいい思案など出てこなかった。出てくるのは愚痴を装った自分のかかあの自慢話ばかり。そもそも2人ともヴァイオリンを止めさせる気などないのだ。

 

「そう言えばいつもいつも亜弓さんのヴァイオリンを借りてばかりで申し訳ない、今度自分の楽器を持ってきますとか言ってました」

「まさかストラディバリウス?」

「まさか!そんな高えもんじゃござんせん。もっと大人しいもんでゲス」

「驚かさねえでくれ。うちのヴァイオリン(ヴィヨーム)だって大概にしろよ。って思ってるのに」

「じつあ、うちのは、ピアノも弾(や)るんですがね」

「え?」

「今度実家からスタンウェイのD274持ってくるそうで」

「うわわわわ」

 

 

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(注1)何を言いたいんだかちっともわかりませんね。豊作の言う通りですね。高名な漫画からの引用みたいですけど・・・ワインのせいでいつも意識が混濁してるおとっつァんの言うことです。気にしないでやってください。

 

紫のバラの人ってこんな顔

ガラスの仮面
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メリーベルと銀のばらは2巻にあります

ポーの一族
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ちなみにちゃんと(バラ)と(ばら)に書き分けてます。この辺律儀なんだな作者(顧問)って。

 

 

(注2)でも師匠、あんたの奥さんもそっち側ですよ。

例の漫画

神の雫
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ついでだ

ラ・プス・ドール コルトン レ プレッサンド
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第7話へ続く